2011年11月18日金曜日

パソコン講習を東京しごとセンターで受講、飯田橋駅、神楽坂を散策

パソコンの講習を受講するかも知れないので、東京しごとセンターの下見に出かけた。東京しごとセンターは飯田橋駅から徒歩7分というので、東京メトロ有楽町線の飯田橋駅で降りた。地下鉄出口A2からすぐであったが、しごとセンターは、大通り(目白通り)でなく、少し奥まったところにあった。大変立派な建物で5階にあるパソコン教室を廊下から見学した。その後、短い期間であるが私が勤務していた会社が、飯田橋駅の反対側にあったので探すことにした。しかし、駅の周りはすっかり変わっていたのと、私がそこに通勤した日数が少なかったので、すぐには見つけられなかった。駅の近くをウロウロしたら見覚えのある坂道(神楽坂)があったので、会社の位置が分かった。しかし、駅の周りはきれいに整頓され、僕らが入った飯屋や飲み屋なくなり、親しみのない街になったようで、寂しかった。

2011年10月24日月曜日

携帯電話とスマートフォン、最も大切なことはセキュリティの保護と悪用されないことである。

先日スマートフォンとパソコンでスマートフォンが万能機になることを述べたが、スマートフォンでない普通の携帯電話の料金が高いのにびっくりした。スマートフォンが、携帯電話だけでなく、デジカメ、音楽機器(プレーヤーとレコーダー)、ゲーム機、そしてテレビを含めたパソコン機能を備えた万能機になったら料金はどうなるのか想像できない。iPhone4SとGalaxyの料金と機能を見ると、僕が考えている機能はなく、僕が考えている料金の数倍である。庶民が手頃な価格で便利な万能機が利用できるのは時間が掛かりそうだ。
パソコンの場合、パスワードの管理など、セキュリティに注意する。しかし、携帯電話(スマートフォン)は、利用者を考えてか、セキュリティが甘いようだ。例えば、忘れ物の携帯などは、操作できるようだし、誰の持ち物かも識別でき、悪用できるようだ。
従って、スマートフォンなどの高機能化を歓迎するのでなく、携帯電話をどの範囲で利用・使用するかを自己規制する必要がある。
また、最終的にはモラルの問題になるが、携帯会社にすべての情報を与えるべきではない。稀ではあるが、警察官、公務員、銀行員など信頼して情報をゆだねた人間が犯罪を犯すこともある。

2011年10月10日月曜日

Windowsパソコンのユーザー辞書について、マイクロソフトはおごりがある。

まず、はじめにマイクロソフトはWindows OSを核としてパソコンのソフトウェアの重要なものを独占している。今まであまり意識しなかったが、マイクロソフトはソフトウェア開発に関して利用者を無視したおごりがあるようだ。もう一つの迷惑な「セキュリティソフト」でも記述したが、マイクロソフト以外のソフトウェアやアプリケーションを排除する機能は我慢ならない。さて、パソコンのユーザー辞書であるが、日本語入力のためにマイクロソフトのIME(Input Method Editor)を使っている。Windows VISTAからWindows 7へ移行するときは、IMEのツール(箱形のアイコン)をクリックし、「ユーザー辞書ツール」を選択し、Microsoft Office 2010(Windows 7)/2007(Windows VISTA)ユーザー辞書ツールを起動する。2007で「ツール」→「一覧の出力」でOutput.txtファイルを作成し、2010で「ツール」→「テキスト ファイルからの登録」で作成したOutput.txtファイルを読み込んで終わりである。さて、パソコンで2つのユーザー(アカウント)を使用しているが、ユーザー辞書は同じものを使用したいと思った。しかし、ユーザ辞書の共有はできないし、持ち運び(コピー、貼り付けなど)が簡単にできない。また、個人が1つのパソコンで2つのアカウント使用したり、家庭内で2台のパソコンを使用したりするような場合に、軍事秘密を管理するようなセキュリティは必要ない。不特定多数の人と交信したり、怪しげなサイトを覗いたり、というようなことをしない普通の利用者に対するセキュリティは緩やかなもので良い。

2011年10月8日土曜日

Windowsパソコンの「かな入力」と「ローマ字入力」について、どちらが便利か知ってますか?

パソコンの「かな入力」と「ローマ字入力」についてであるが、日本語キーボードには、かなが刻印されているので、日本語入力するには「かな入力」が主流というか、便利であると思い込んでいた。しかし、インターネットで「かな入力とローマ字入力を比較」で検索した結果を見ると意外なものであった。そもそもキーボードは英字を入力するためのものであり、タイプライターからコンピュータの入力端末そしてパソコンのキーボードになった。基本は英数字と特殊文字からなり、併用して「ひらがな」が割り当てられている。従って、基本的には英数字をタイプするのに適したものである。だから「ローマ字入力」は20数種類の文字位置を覚えれば、僕のような不器用な人間にもブラインドタッチが可能である。多分、普通の人は「ローマ字入力」が良いと思う、アルファベットや数字を使用しないなど、特殊な入力を除いて「ローマ字入力」を進める。

2011年10月7日金曜日

スマートフォンとパソコン、万能機スマートフォンの紛失のダメージは取り返せるか?

米アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ会長が死亡した。そして中途半端なiPhone4Sが発売され、日本ではiPhoneはソフトバンクが独占して販売していたが、KDDIがそのiPhone4Sを販売することになった。しかし、KDDIの価格設定は通信品質が高いので価格も高いようだが中途半端である。アップルもKDDIも危機感が足りないし、中途半端な企業になるだろう。さて、スマートフォンであるが、デジカメ、音楽機器(プレーヤーとレコーダー)、ゲーム機、そしてテレビを含めたパソコン機能を備えた万能機になるだろう。タブレットPC(iPadなど)は興味がなかったがスマートフォンには興味があり、今後の動向を見守りたい。しかし、スマートフォンがあらゆる機能を持つことは、財布、鍵、印鑑、証明書、・・・などにもなるので持ち歩くリスクが大き過ぎるかも知れない。
現在、財布とIT機器(スマートフォン、または、パソコン)を合わせると、不動産の登記書類以外は、現金、預金、健康保険証、免許証、クレジットカード、スイカなど交通乗車カード、各種会員証など、すべての財産を自由にできる証明書、または、機能を有している。
それが、スマートフォンに集約され、それを奪われたら、回復できないのではないかと思う。時々、財布を失って、銀行、役所、カード会社などに連絡と紛失届を出した話を聞くが、スマートフォンには人間の既往では対応できない情報が集約される。さて、どのような解決方法があるのだろうか?

2011年10月3日月曜日

「風あざみ」と「カサブランカ」、母の好きな花・あざみ

ニューミュージックと呼ばれる井上陽水の「少年時代」を聴いていると「風あざみ」という言葉が気になって、インターネットで調べましたら、彼の考えた造語ということのようです。「あざみ」は僕の母の好きな花で、僕の少年時代に家の裏口から続く山の中腹に咲いている「あざみ」を取って2・3度(?)母にあげたことを思い出します。「あざみ」はとげがあり紫色の地味な花なので、不思議に思っていましたが、今は何となく、わかるような気がします。また、ある女性に好きな花を聞くと、カサブランカという答えが返ってきて「えっ、モロッコの都市の名前か?」と思いました。カサブランカがユリ科の白い花なんて知らなかったのです。図書館の人に聞いたら知っていて、花の図鑑でユリ科の中にあるカサブランカを教えてくれました。この白いユリの大輪を見たとき、「カサブランカ」という映画のイングリッド・バーグマンが思い浮かびました。イングリッド・バーグマンと言えば「誰がために鐘は鳴る」が印象に残っていますが、映画の中でレジスタンス運動のために短く切った髪が素敵でした。

2011年9月13日火曜日

ニューミュージックについて、神田川のように女房と銭湯に行った。女湯の天井に向かって「おーい、出るぞ!」

最近、ニューミュージックが好きな人の話を聞いて、インターネットの動画で少し聴いたり、調べたりした。音楽としてはフォークソングのように弾き語りもあるが、グループでの演奏もあるようだ。フォークソングは、ギター1本で、曲よりも歌詞(言葉)を重視し、反戦などと訴えるテーマを持っていたように思う。しかし、ニューミュージックは、どちらかというと、個人的なこと、恋人などに語りかけるもののようだ。また、男性歌手が女言葉で歌うものも多くあり、僕にとっては好きになれなかったジャンルのようだ。しかし、そのニューミュージックと言われる、かぐや姫がヒットさせた「神田川」は特別である。この「神田川」を聴くと、新婚の時に暮らしていたアパートに風呂がなく、近くの風呂屋へ行ったが、風呂から出るときに女湯の天井に向かって「おーい、出るぞ!」と声を掛け、風呂屋の玄関で女房を待っていたことを思い出します。あの碑文谷公園の近くにあったアパートには二ヶ月半しか住まなかったが・・・。

2011年9月8日木曜日

「東京の灯よ、いつまでも」という歌、アメリカ出張、羽田空港上空で聴いた歌、早く、女房と子供に会いたい


「東京の灯よ、いつまでも」という歌を知ってますか?
私が初めてアメリカへ行ったのは1973年で、12月初旬から年を越しての1ヶ月半の出張でした。帰国する時、ニューヨークからロサンゼルス経由で、羽田上空に着いたのが、夜の6時か7時だったと思います。東京の灯(ネオン)が見えたときは感激しました。しかし、着陸待ちで飛行機は大きく旋回して真っ暗な海に出たり、ネオンが瞬く東京に近づいたり、なかなか着陸しません。あきらめてイヤホーンで聴いていた音楽が、新川次郎の「東京の灯よ、いつまでも」という歌でした。あまり好きな歌ではありませんでしたが、その時に繰り返し流されので今でも耳の底に残っています。この歌を聴くと「早く、女房と子供に会いたい」と思った、その時のことがよみがえるので時々聴いてます。

2011年9月7日水曜日

民主党代表は、野田がなると予測し、的中した

民主党代表は、野田がなると予測し、的中した。先日投降した「民主党代表選と小沢戦略」を記述する前に小沢が海江田を支援するといった時、知人に対して「野田が代表になるよ」と予言しました。その根拠は次の通りです。決選投票では海江田は勝てない、何故なら前回の代表選で小沢は管に負けた。従って、海江田が過半数を取ることはない。すると決選投票はどうなるか? 前原が残る可能性が非常に高いとだれもが思うことです。そして小沢でなくても前原の代表を阻止しようと思う人が多かったのでしょう。その結果、野田が100票以上を獲得し、決選投票に残りました。このことは、予言者のような能力ではなく、政治状況を把握し冷静に分析すれば当たり前のことだと思います。しかしながら、政治に興味を持ってある事象(民主党代表選)について集中的に思考した結果であることも確かです。

2011年8月31日水曜日

民主党代表選と小沢戦略、前原でなく野田を選ぶ、一回目の投票で前原を二位にしない

これは僕が思ったことであるが、小沢(敬称略)ならこのくらいのことを考えるのでないかと思った。
小沢の考えた状況と戦略は、海江田は玉が悪すぎて勝てない(代表になれない)ので、前原が代表になることを阻止することを考える。ということは、一回目の投票で前原を二位にしないため手駒(小沢の指示に従う議員)の25人から30人に野田へ投票させる。その根拠は、僕も感じたが政治評論家の田崎が二回目の投票結果を見て「海江田さんの票が思ったより伸びましたね」と言ったので、計算した。二回目の投票で野田への票は、74票(前原)+45票(52票(鹿野)の9割)+7票(24票(馬淵))で、126票ぐらいは固いと思った。前原の票は確実に野田で、鹿野は野田に投票すると公言した、馬淵は小沢から推薦人を融通してもらった(小沢は前原票を減らすため推薦人を貸した)。二回目の投票では、状況として勝ち馬に乗るので雪崩を打って、海江田へ流れるのは10票以下と思うのが普通だ。この推測はどうだろう?また、このことを野田が分かっていれば、幹事長は輿石または小沢側近で決まりとも推測した。
冷静になれば当たり前のことであるが、前原を代表にしないためのリスクのない小沢戦略であるがどうだろうか?

2011年8月4日木曜日

アメリカ西海岸のリゾート地のような、逗子マリーナから材木座海岸へ、夕日が陸地に沈む?あれは、江の島だ。

今年の一月に自動車で逗子マリーナにある知人の別荘に行きました。自動車でなく電車でもJR湘南新宿ラインで渋谷から1時間弱で鎌倉に着きます。鎌倉駅から1キロちょっとで材木座海岸があり、砂浜を1キロ歩くと逗子マリーナに着きます。また、鎌倉駅から伊豆マリーナへバスもあります。逗子マリーナの周りは別荘が多く、アメリカ西海岸のリゾート地のようです。逗子マリーナから材木座海岸を歩いていたとき、夕日の先端が江の島に隠れるのが見えました。一緒いた人に「えっ、なんだ!あんな所に日が沈むのか?」と聞くと「そうだよ。あれは、江の島だ」と教えてくれました。地図で確かめると、逗子寄りの材木座海岸から江の島は真西です。江の島、そして湘南海岸は、大学生の時に良く行きました。午後から出かけ、夕方から夜中まで遊んで、早朝の一番電車で寝ながら東京に帰ってきたものです。若い時のように湘南海岸に海水浴に行きたいものです。

2011年2月5日土曜日

空気銃で野鳥を撃った(続き)。死んだ目白のぬくもり、小さな命が手の中で消えた。

ヒヨドリやもずを打ってもなかなか致命傷を与えることができず、かすめても羽が飛び散ることが多く、だんだん興味を失いっていた。また、ヒヨドリを撃ち落としたことがあるが、飛んでいるときと違って死んだヒヨドリはみすぼらしく感じた。また、面白半分に目白を撃ち落としたが、拾い上げたとき、手に今まで生きていた目白のぬくもりを感じた。「なんて俺は、つまらないことをしているのか?こんな可愛い小鳥を殺して何を得たか?」と思ったらむなしかった。
さて、1992年に日本人留学生がハローウィンパーティの会場を間違えて、白人の家の庭に入って撃ち殺された。また、撃ち殺した白人は裁判(陪審制度)で無罪になった。原子爆弾を落とした行為も憤りを感じるが、この事件・裁判に対しても、激しく怒ったものだ。根っこには人種差別を感じるし、日本の政府や報道陣に対して嫌な気持が残った。普通の日本人である僕は空気銃で小鳥を撃ち殺しても自分がおごっているのではと思ったが、日本人を撃ち殺した白人の残虐性、無罪判決をした陪審員・アメリカ人の人間性などは我々日本人には考えられない。日本人の素晴らしさは「一寸の虫にも五分の魂」という観念、理念、思考・・・がある。だからと言って臆病・卑怯でなく、切腹や神風特攻隊(命を懸けて家族・国家を守る)という潔い血も受け継がれていると思う。